2016年9月16日金曜日

阿蘇登山道路開通。


阿蘇ベースのある阿蘇駅方面から阿蘇山への道路が本日から開通となりました。これで草千里、火口へのロープウェイ乗り場までは行くことが出来るようになりました。何といっても阿蘇の中心の、最も肝心な観光スポットへのアクセスが復活したわけですから、喜ばしいことです。

私はやはり山の状況、特に山歩きができるかどうか、がとても気になっていたので早速行ってみました。


基本的には登ってはいけないっぽい雰囲気もほのかに感じたのですが、外国語表記の明確な進入禁止サインもなかったし、一応外国人のゲストさんにご案内する必要のある私には状況を確認しておく責任がありますから、とりあえず杵島岳に登ってきました。


杵島岳の階段を上るコース、山頂までは問題なく歩けました。山頂では噴煙を上げる中岳火口がどーんと見えますが、山頂の東側、中岳火口方向の斜面は崩れていました。火口跡の内側もところどころ崩れていました。

ゲストさんにもよくお勧めしていた杵島岳の火口跡の淵を回るいわゆるお鉢回りコースも歩いてみましたが、このような大地震時、草原の山では、人が歩くコース上から地割れする、ということを初めて知りました。ことごとく人が歩くコース上が割れています。コース上ですから人が踏み固めて他より堅そうな気もしますが、草の根が張っていないからそこが割れるんでしょうね。コースを進んでいるつもりでも結構なヤブこぎが必要で、地割れに足を取られたりして5、6回コケました。楽しい山歩き、という感じではないです。


烏帽子岳もダメみたいですね。こちらは外国語表記付きで明確に進入禁止になっていました。欧州系のゲストさんはほぼみなさん、山歩き目当てで阿蘇に来られるので、山までの道路の開通まではよかったんですが、それ以上に山歩きコースの惨状に個人的にもショックがあります。残念ながら山歩きコースの復旧までまだまだ時間が掛かるでしょう。

でもとにかく草千里はOKなので、今までより観光案内ができるだけでも状況は良くなっています。まあ、一歩一歩ですね。

2016年8月28日日曜日

さいなら、はく。


熊本地震では、ペットが逃げ出して戻ってこないケースも多々あったようで、私の友人宅でも猫がいなくなって戻ってこないということがありました。


実は熊本地震に2週間ほど先達て、ウチの猫、はくがいなくなっていました。鼻が黒いのではなくろの略、はくです。はくは後から拾ったもう一匹の猫、ぎんが来てからはあまり家に入りたがらず、ほぼ屋外暮らしでしたが、毎晩必ず受付の窓の外にある、猫用トイレを改装した別宅で寝ていました。夕方に帰ってくるといつもブラッシングをしてあげました。おなかを晒し手を目いっぱい挙げて、脇の下のブラッシングを強要してきました。


はくはなかなか難しい性格で、ぎんがいくら仲良しアプローチをしても、いつまでたっても妹分、もしくは子分として認めようとはしませんでした。私たちも何とかしようといろいろ試したものの、二匹の関係が好転することは最後までありませんでした。いや、一時期は同じ空間にいても気にしないくらいにはなったのです。しかしある日、私の膝で寝ていたはくがすっと起きあがったと思ったら、突然お尻フリフリの獲物襲撃体制に入り、近くでスヤスヤ寝ていたぎんに飛びかかったことがありました。私は、???な、なんで???と大変混乱しました。


その襲撃事件以後は、外でぎんを追いかけまわしているのを何度も見かけました。ある時は、はくが隙をついてぎんに飛びかかってギャアと叫んだところでウチのキキ(犬)が猛ダッシュで駆けつけて助けに入ったこともありました。ぎんとキキは仲良しなのです。キキとはくも、もちろん何度も顔を合わせているので、初めのころに比べると少ーしは慣れたものの、はくがキキにフレンドリーに接することは決してありませんでした。

とにかくはくは私が思いがけず飼うことになった初めての猫ですし、猫に対する知識、経験、データ不足もあるでしょうけど、それにしても理解できないところが多いやつでした。


それでもはくが帰ってこない日は無かったし(1日だけ、野猿が現れて逃げた日は帰ってきませんでしたが)、ブラッシングはいつも楽しみにしてるし、歯が良くないので消化不良でよく吐きますがちゃんと食べるし、モフモフすると結構グルグル鳴るし、彼女がおばあさんになって、別宅にジャンプして登るのが億劫になって、そろそろ家を地面に置かなきゃね、なんて時までずっとここで暮らしてくれるものだとばかり思っていました。

しかし、晩御飯で残しておいたカツオのたたき二切れを持っていって、グルグル言いながらおいしそうに食べたその翌朝から、はくは姿を現しませんでした。


その後毎晩探しに出ていましたが、いなくなって4日程経過したある深夜、寝ていると外で私たちを呼ぶように猫がニャーニャー鳴くのが聞こえました。(はくだっ!帰ってきたな、バカやろー心配させやがって!)と私は文字通り飛び起きて外に出て『はくー、はくー!』と呼びました。

が、…シーン。あ、あれ。なんで?

うちの寝ているところのすぐ横の外でニャーニャー呼ぶのははくしかいないと思いますし、今となっては100%の確証はありませんが、あれははくの声だったと思ってます。奥さんも聞いているので幻聴ではないと思います。しかし、あの声がもし本当にはくなら私たちを呼んどいてなぜ姿を現さないのか?


最後の最後まで理解できないやつでしたが、なんとなく春になったら出ていこうとしていたんじゃないかという気も少ししています。悲しいことですけど。寒さも和らいできたし、最後刺身も食ったし、そろそろいこうかね、と…。


突然降って湧いたようにうちに現れた時と同じように、またどこか優しい猫好き家族の玄関先でニャーニャーと餌をねだり、上手くその家庭に入り込んで今もどこかでふてぶてしく生きていてくれたらいいんですけど…。


さいなら、はく。



2016年8月16日火曜日

良いニュースとお知らせ少々。

地震前、阿蘇ベースに宿泊されるゲストさんのほとんどは阿蘇の山に行くことを目的にされていました。阿蘇の山に行けない今の状況ではゲストさんの数も極端に少なく、来ていただいたゲストさんの中にもやはり若干がっかりされる方もいらっしゃいますし、山に行けない限りは私たちも是非阿蘇ベースに来てくださいとも言えないので、まあ自然とブログを書くことに対して気乗りしなくて、ここまでご無沙汰になってしまいました。申し訳ないです。

阿蘇の山に行けるようになった時にお知らせでも書けばいいや、と思っていましたが最近、阿蘇山というか草千里への道路の復旧が9月中旬頃になるとの発表がありました。正直やっとか、という想いはありますが良いニュースではあります。阿蘇ベース目線の意見を言わせていただくと、道路の復旧に時間が掛かるのは分かりますから、下から全部歩いていくので阿蘇の山歩きを許可してほしいと思ってます。阿蘇を訪れる特に欧州系の旅行者は、兎に角たくさん歩きたくて阿蘇に来られるのですから。

今はその来月中旬の道路開通時に『草千里はOK。でも山歩きはまだダメ。』などと言う御触れが出ないことを願っています。


お盆休み期間にはそれなりに多くのゲストさんに来ていただきましたが、お盆休みが終了するとぱったりです。まあしばらくは細々とやっていかざるを得ないと覚悟しています。阿蘇ベースも参画しているふっこう割もありますけど、やはり旅館さんなどなかなか気軽にしょっちゅうは泊まれないお宿さんで使いたいでしょうからねえ。実は私もこのふっこう割で(何とか買えました)ある旅館さんに宿泊予定です。今までたまーに旅行や出張で宿泊に利用するのはやはり商売柄ゲストハウスかビジネスホテル的な宿しかなかったので、晩御飯の出る旅館に泊まるのは実質20年ぶりくらいでしょうか。楽しみです。

ふっこう割熊本宿泊券がまだ残っていて、お目当ての旅館さんが軒並み満室で、さて、どうしようか…、と困ってらっしゃる方がもしいらっしゃいましたら、阿蘇ベースでもネイチャーランドさんとコラボしてこんなこともしています。全く送客できていなくてネイチャーランドさんには申し訳なく思ってますのでよろしかったら是非ご利用ください。

2016年5月7日土曜日

ゴールデンウィーク終了。

地震から3週間ほどが経過し、それでもまだ震度3、4クラスの震源阿蘇地方の気味の悪い余震が収まりきらない今日この頃ですが、まずほんの少しだけ良いニュースから行きましょうか。
JR九州が熊本⇔阿蘇⇔大分を結ぶ豊肥本線の不通区間のバス代替輸送を5月9日から始めるそうです。JRパスで旅行される海外の方も“一応”JRパスを使って阿蘇に来ることが出来るようになります。

しかしながら、阿蘇の山への道路はまだ近々復旧というわけにはいかないようです。山に行けないのであれば、阿蘇ベースとしては阿蘇にどうぞどうぞ観光に来てください、と自信を持って言えない状況です。山に行けないことをご理解いただいた上でよろしかったらどうぞ、しかもまだ余震が完全に収まってないですけど、とまだそんな感じですね。残念ですけど。



ところでゴールデンウィークという習慣というか制度に対する不満をブツクサとボヤくのが私の毎年の恒例のようになっていましたが、この特殊な状況で迎えたゴールデンウィークはやはりいつもとはずいぶん違った趣がありました。実際のところ、私にとって今までそれほど身近に感じたことのないボランティアさんの世界を垣間見ることができ、こう言っては何ですが、新鮮というか非日常的な毎日でした。


阿蘇ベースにも全国各地から数名のボランティアの方が長い方では1週間以上連泊していただきまして、やはり同じ目的、志を持った者同士の集まり、みなさん一体感があるというか、夕飯時などなかなかに盛り上がっておりました。私も含めていい経験になりましたし、ボランティアのみなさんにとっても長く記憶に残る数日間だったのではないかと思います。

休暇を返上し、自腹を切ってまで助っ人として働き来られるみなさんの献身性、行動力には大変感心しましたし、感謝しています。ありがとうございました。



そして、阿蘇市社会福祉協議会の今回の災害におけるボランティア募集が終了しており、それに伴い阿蘇ベースの災害ボランティア募集も終了させていただきます。お泊まりいただくのはもちろん大丈夫ですが、割引きは終了になります。


東北の震災時にもボランティアとして参加されていた、ボランティア経験は豊富だけど素朴で、しかし熱い方にいろいろ教えていただいたのですが、ボランティアとひとくちに言っても、いろいろ難しい問題がないこともないようですね。今回私が何となく感じていた違和感に対して、なるほど、ととても腑に落ちる興味深いお話も伺いました。まあここで言うようなことではないので書きませんけど。

ひとつ思ったことは、私には昔から少し偏屈なところがありバックパッカーズをバッパーと略すのが嫌いで自分ではバッパーとは言わないようにしおりましたので、もし自分に娘がいたのならばボランティアセンターをボラセンと略す人にはなってほしくないですね。どうでもいいことなのかもしれませんけど。

2016年4月27日水曜日

熊本からのバス運行開始してます。

国道57号線があの状態で、迂回路は大型バスなどが通れないとのことでしたので熊本から阿蘇までの公共交通機関は当分無いものと思っていたのですが、産交バスさんのHPを確認してみると、1日3本の特別ダイヤですが、熊本⇔阿蘇⇔大分間のやまびこ号の運行が再開されていました。これで一応車が無い方でも熊本方面から阿蘇に来れるようになりました。

こちらの地区では水道は応急処置的な復旧だとのことでしたが、今のところ断水されることなく安定的に出てくれています。ありがたいことです。


阿蘇ベースはとりあえず25日から開けておりまして、ボランティアの方からのご予約、お問い合わせも少しずついただいております。

いの一番に来られた方は福岡で留学中の韓国の方でした。軍隊で災害復旧支援の経験もあるとのことで、公共交通機関の無い中、途中からタクシーを使ってまで日本の役に立ちたいと大変な熱意をもって来てくれました。
初日は大小の木が散乱した友人の木工工房での片付け作業を汗だくになりながらがんばってもらい、帰ってきてから「こんなにうまいビールは本当に久しぶりです!」と充実感を漂わせていた彼ですが、翌日はボランティアセンターに登録してそちらから派遣されての作業でした。

帰ってきた彼は拍子抜けというか、少し不満げでした。話を聞いてみると、何というか、“少しでも危険かもしれないものはとにかく手を出さない”ポリシーがあり、大の男が4人もいれば出来る筈の作業が全く手をつけられなかったのがとても残念だったと彼は言ってました。危険の度合いは素人が適当に判断するべきでないことは分からないでもないですが、あまりにも杓子定規的に瓦礫撤去作業はしてはいけない、などでは進むものも進まないし、せっかくのボランティアさんの熱意に水を差すことになってしまう気がします。


今回の地震では被害が広範囲で、阿蘇市の状況よりももっと酷い地域がありますので、私自身なんとなく阿蘇市では2012年の水害のほうが被害が大きいような印象を受けたのですが、もう少し時間が経って見たり、聞いたりする話が増えてくると、いやいや、今回も相当なもんだぞ、と感想を改めています。旅行者の宿としては残念ですが、旅行者が普通に訪れる状況になるまでは、もうしばらく時間が必要そうですね。


2016年4月22日金曜日

阿蘇ベース再開と阿蘇市災害支援ボランティア募集。

阿蘇ベースのある地区に水を供給する管に甚大な被害が発生しており、完全に復旧するまでまだしばらくかかるそうですが、応急的な対策により、阿蘇ベースとその周辺では一時的に水が出るようになりました。それにより、阿蘇ベース再開の目途が立ちました。いろいろ壊れたものや直さなければならないところもありますので、完全な状態とは言えないかもしれませんが、4月25日(月)より、再開します。
まだ今のところ観光に来られる方はいないでしょうが、再開することで、ひょっとしたら災害支援関係者(プロ)の方などご利用いただけるのではないかと思いまして。


また、少しフライングになりますが阿蘇市でもボランティアセンターを立ち上げるとのことなので、ボランティアをご希望で宿泊施設が必要な方は、どうぞご利用ください。ささやかながら割引を致します。ドミトリー(相部屋)で学生1400円/泊、社会人2000円/泊 とさせていただきます。予約時にボランティアで行きます、とお伝えください。ボランティアセンターへのご登録はご自身でお願い致します。
(ボランティア割引き終了させていただきます5/7追記)

ご予約される前に、ご理解ください。


・だいぶ少なくなったとはいえ余震が続いています。大きな地震が再び襲わないとも限りません。

・節水にご協力いただきます。また、一時的な断水はたびたびあると思ってください。(←断水はいまのところ無く、安定的に水が出ています。4/27追記)

・ゴールデンウィークにはまだ若干名観光旅行のご予約が残っております。全員が災害支援関係者ではないことをご理解いただき、ご配慮ください。


ご予約はお電話(0967-34-0408)、またはメール(asobase@aso-backpackers.com)で。
メールには、

1.お名前
2.お電話番号
3.ご宿泊予定日(何月何日から何泊)
4.ご希望のお部屋
5.到着時間(チェックインは16:00~20:00、荷物預かりはそれ以前でも可)
6.ボランティア希望(ボランティア希望の方は学生か社会人かもお伝えください) or 仕事(災害支援関係含む) or その他(観光含む) いずれかお書きください。




それではどうぞよろしくお願い致します。

2016年4月20日水曜日

地震後5日目に思うところ。

阿蘇ベースのある地区はまだ水道が復旧しておりませんが、救助、復旧活動を全力で行っているみなさま、自身も被災されている中、職場に戻り働くみなさま、せっせと我が家や周りの片付けをされている住民のみなさまひとりひとりのチカラによって、一日一日以前の状態に近づいて来ているように見えます。


先日のブログに書いたのですが、阿蘇ベースのあるこのあたりでは初めの15日のいわゆる前震では、これはなかなか…などとまだ若干の余裕があったのですが、16日未明のそれは揺れた瞬間『ヤバいッ!!』 と思いましたし、これほどの揺れが震度6弱ならば震度7といわれるの益城町の揺れは本当に想像を絶します。

因みに本震翌朝の阿蘇ベース↓。これでも少し片付けてます。



今後についてですが、水道が復旧しないことには然るべき館内清掃が出来ませんし、当然ゲストさんを受け入れることもできません。水道局に問い合わせましたが、復旧の見通しは本日20日現在まだ立っていないとのことでした。

阿蘇ベースでも少しは役に立てるかもしれないなと考えていた災害ボランティアの受け入れも阿蘇市では今のところは予定しておらず、確かに街をぐるぐる回ってみると、あくまでも私個人の全体的な印象としては2012年の水害時のほうが被害が大きく感じました。もちろん個々に焦点を当てると、阿蘇神社然り、全壊した家屋や倒れた塀等無残な事例はそこかしこに垣間見えるのですが。

また、阿蘇の山への登山道路もバスが走ったら崩れそうな大きなひびが入っておりましたので、復旧までしばらく時間がかかりそうです。

余震もまだたびたびあり、なんだか“地面は揺れるもの”、との考えが普通になってきた気もしています。

報道などで何か毎日、“今後一週間程度は余震に注意”などと聞きいている気もしますが、これも専門家である彼らがどういう根拠で一週間と言っているのか分かりません。

岩手県一ノ関市の父の知り合いが、父を心配して電話をしてくれたとき、父が「これだけ大きい地震が来たから、今後はまあ大丈夫だろう。」というようなことを言ったら、その方は「とんでもない!こっちでは震災の約一ヶ月後の地震で多くの建物が倒れたんですよ。一ノ関では3.11より4.7なんです!」と言われたそうで、私もそんなこと知らなかったのでへえー、そうなのかと大変参考になりました。

まあ心配しすぎても仕方ないし、私がどれだけ焦ったってなるようにしかならないのでとにかく出来ることからコツコツやっていこうと思います。今日は地震後初めて風呂に入ってきました。心配してくださっているみなさま、ありがとうございます。でも私共阿蘇ベースに対しての心配はご無用です。またいつか遊びに来ていただけたら、それがいちばんありがたいです。